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戦艦ミズーリはなぜパールハーバーに在るのか(2)

ミズーリ3.jpg

戦艦ミズーリは敵国日本を降伏させた証として、ちょうど開戦時の記念碑とのペアで、降伏調印が行われた記念碑として展覧されている。

将軍の前で降伏宣言に聞き入っている日本代表そしてそれを見物する各国代表や多くの水兵....の写真は何回も何回も目にしてきた。しかし、その場所は戦艦で最も広い空間すなわち、第一主砲と舳先のひろい甲板で行われたのばっかり思っていた。ところが実際の署名場所は第二砲塔の横、テニスコートというより卓球コートのような狭い場所で署名式典は行われたのだ。その場所が甲板上に残されている。ここがジャップが降伏した場所だ!

 降伏文書のレプリカ展示の下に、そのシーンの写真がある。不思議に思うのは、マッカーサー以下皆、座って署名しているのに、重光葵外務大臣と梅津美治郎参謀総長は立ってサインしている。敗戦国の代表には椅子すら与えないということだろうか?

 同時に、この文書で、歴史的な椿事も目にすることができる。降伏文書に署名するカナダ代表が署名の欄を一行間違えて、以下のほかの国含め署名者がすべて他国代表になってしまったのだ。これでは正式の国際協定として発効しない。その事実をオランダ代表から告げられた日本全権代表も、当初はこの降伏文書が正式の協定として発効しないと拒否したそうだ...

また、このときアメリカは二枚の国旗を掲げたと伝えられる。一枚は言うまでもなく当時のアメリカ国旗だが、もう一枚はペリー提督が日本を開国させたときに旗艦に掲揚されていたものとのこと。日本を二度屈服させたというアメリカのおごりと言おうか、敗者をこのうえない屈辱感に満たさせる工夫と言おうか...

そもそも太平洋戦争でほとんど活躍しなかった戦艦ミズーリがどうして降伏調印の場なのか?その場にふさわしい、幾多の犠牲を乗り越えて生き残った戦闘艦はいくらでもあったろう。

選ばれた理由はたった一つ。それはトルーマン大統領の強い要請だが、それは要するにトルーマン大統領の選挙区がミズーリ州で、地元上院議員トルーマンの愛娘がシャンペンをなげて進水させたからだ。歴代アメリカ大統領の中で最低の評価が与えられた二流政治家のくだらない地元対策の一環として利用された時間と空間...寂寞たる思いだ。

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